神田明神界隈神田明神界隈の風物詩や、個人的な趣味も交えて色々な情報をお届けしたいと思います。

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祖父江欣平作 Soutearn Pacific SP-2 5000 00:01
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    祖父江欣平氏製作 Alco製 SP5000(そふえきんぺい、1922年 - 2009年)日本の鉄道模型カスタムビルダーである氏が製作した遺品です。作りは実に精密かつ堅牢な造りで氏の模型の右に出る職人は存在しないであろう。足回りは(サスペンション)は実物の通りに動作し、三気筒グレスレー弁装置も可動。ハンダ付けの技術は飛び抜けて凄い。氏の造った機関車は恐らく後世まで伝えてもハンダが取れて壊れて仕舞うようなことはないだろう。手で押して車輪が回転するコースティングギアも祖父江氏の考案によるもの。ウキペディアでは、次のように紹介されている

    1940年代末よりカツミに勤務して数多くの真鍮製の輸出向けの鉄道模型を製造した。その後、独立して埼玉県熊谷市に工房を構えた。手がけた車両は大半がOゲージの蒸気機関車である。
    日本の鉄道模型輸出の全盛期を支え、実物に忠実な精密模型を世に送り出した。それらは当時の邦貨に換算すると一般的なサラリーマンの数ヶ月分の給料に相当し、おいそれと一般人が購入できる物ではなかった。高品質な製品を輸出することにより日本製鉄道模型の評価を高める事に貢献した。1960年代 - 1970年代のアメリカの鉄道模型雑誌には彼の手がけた製品の広告が掲載されていた。その後、ニクソン・ショック、プラザ合意後の円高等、複数の要因により初期に比べて品質の向上した韓国製の鉄道模型が市場を席巻するようになり、日本製の鉄道模型輸出は減少した。

    この模型は天野屋の喫茶室の展示ケースに展示しています。
    | 模型 鉄道 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 亀太郎 - -
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